人間としてあること

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ページ番号1006135  更新日 2024年3月4日

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会期
2024年3月7日(木曜)~2024年5月26日(日曜)
会期中休館日
2024年3月27日(水曜)~4月12日(金曜)、4月24日(水曜)

「芸術には、その根底にヒューマニズムがなくてはならない」(*)と萩原英雄は言います。彼のいう「ヒューマニズム」とは「人を人たらしめる愛」を意味します。「人間存在の根源」たるヒューマニズムなくして芸術たりえないと、萩原は考えています。

萩原は、戦中戦後と度重なる不運に見舞われ、10年以上、その日の食事も覚束ないほどの苦しい生活を送りました。追い打ちをかけるように大病を背負い、1953年の夏からは診療所での療養を余儀なくされます。一時は医者もさじを投げるほどの病状だったといいますが、絵画に向かうつよい意志は、萩原を生へと引き戻しました。のみならず、彼は周囲も巻き込んで患者同士で絵画を楽しむ時間をもうけ、多くの患者たちが生きる意欲をとりもどすきっかけをつくりました。「困窮のどん底で、人の世の冷たさも、また、人の情も、こもごも味わうことになった」という萩原だからこそ、「ヒューマニズム」を心身において理解し、実践をすることができたのでしょう。

連作《二十世紀》は、萩原が診療所で療養生活を送っていた時期に制作したシリーズです。「創世記」「失楽園」は旧約聖書、「サロメ」は新約聖書から題材を得ています。「アポロンの火車」はギリシャ神話に登場するアポロンの二輪馬車でしょうか。「死の舞踏」や「悪魔の饗宴」は、疫病が大流行した中世以降、ヨーロッパにおいて繰り返し表現されてきた主題に着想を得ているようです。このほか、さまざまな局面において発現する人間のありようが、神話や寓話の登場人物などの姿をとって、象徴的に描きだされています。人間の愚かしいさまを鋭く突きながらも、批判や皮肉に終始せず、どこか生きることへの救いを感ずるのは、萩原の「ヒューマニズム」が根底に存するからに違いありません。

今回は、《二十世紀》シリーズに加え、診療所時代の作である《ひまわり》《風景》、そして独自の版画技法を駆使した1960年代の連作《鎧(よろ)える人》シリーズからの4点をあわせてご紹介します。画面から滲む萩原の「ヒューマニズム」は、私たちが人間としてあることの意味を、再認させてくれるはずです。

 

引用* 萩原英雄『美の遍路』(1996年、NHK出版)より

作品:道徳の比重
萩原英雄 連作「二十世紀」《道徳の比重》1955年

萩原英雄略歴

1913(大正2)年
山梨県甲府市に生まれる
1932(昭和7)年 19歳
白日会第9回展に油彩「雑木林」出品、光風会展第19回展に油彩「上り道」出品
1938(昭和13)年 25歳
東京美術学校(現東京藝術大学)油画科卒業
1951(昭和26)年 38歳
銀座資生堂で「萩原英雄(油彩)」個展開催
1956(昭和31)年 43歳
銀座養清堂画廊で「萩原英雄版画」個展開催、日本版画協会、第24回展出品、以後、第43回展を除き出品を重ねる
1960(昭和35)年 47歳
第2回東京国際版画ビエンナーレで神奈川県立近代美術館賞受賞
1962(昭和37)年 49歳
第7回ルガノ国際版画ビエンナーレでグランプリ受賞
1963(昭和38)年 50歳
第5回リュブリアナ国際版画ビエンナーレでユーゴスラビア科学芸術アカデミー賞受賞
1966(昭和41)年 53歳
第5回東京国際版画ビエンナーレで文部大臣賞受賞
1967(昭和42)年 54歳
第1回チェコスロバキア国際木版画ビエンナーレでグランプリ受賞
2007(平成19)年
11月東京で歿、享年94歳