林喜代種(写真家)

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ページ番号1003312  更新日 2022年4月25日

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写真:林喜代種

文化事業団の公演を撮り続けて35年余。
「武蔵野で撮った写真って、いいのが多いんですよ」

――長年に渡り、武蔵野市民文化会館を中心に、公演の写真を撮影いただいてますね。

市民文化会館の開館当初、飛び飛びで公演を撮らせて貰ったたのが最初です。大階段での「シャンデリア・コンサート」とかね。そのうちに、面白いコンサートがたくさんあるなと思って、2000年くらいから、レギュラーで来させてもらうようになりました。

当時は毎回、リハーサルの時間に出演者に本番衣装に着替えてもらって、近い距離で写真を撮る「フォトセッション」をやっていました。本番だと後方からの撮影になって遠いけど、フォトセッションだと1~2mの距離で撮れるので、空気感が違うんですよ。なので、これに協力して貰えたのは助かりましたね。歴代の武蔵野のクラシック担当の方、皆アーティストや音楽事務所に話をしてく れた。

だからなのか、こちらで撮った写真っていいものが多いんですよ。ピアニストのピーター・ゼルキンなど大物も応じてくれて、いい写真が撮れました。(市民文化会館)開館20周年記念の写真展に出した写真も、フォトセッションで撮ったものが多いです。当時は、ここに限らず、ホールも音楽事務所も「クラシック音楽を広めるぞ」という気迫があったのかな。まだ今ほどクラシックが広まってない頃だったから、燃えている人がたくさんいたんだと思います。

――その中でも武蔵野で撮影した写真が良かったというのは?

周りの雰囲気によるところが大きかったんじゃないかな。アーティストにとって、武蔵野って大ホールも小ホールも響きが良くて弾きやすいし、良いお客さんが多いから。それが写真に出たんじゃないかなと。写真が上手いとかでなく(笑)。アーティストはみんなここのホールを褒めますよ。それは何度も聞いたことがあります。

――特に印象深い公演はありますか?

一時期、日本ではあまり招聘されないような古楽のアーティストをじっくり聴かせるコンサートが多くて、面白かったですね。指揮者のウラディーミル・アシュケナージなど、大物も撮影しました。あ と、ここで新人としてコンサートをやってた人で、その後花開いて有名になった人もたくさんいますよね。若手としてヴァイオリン・ リサイタルをやって、すっかりヴァイオリンの人だと思ってたピエタリ・インキネンがある日、日本フィルの首席指揮者として来日してびっくりしたこともあったなぁ。

――さまざまなホールで撮影されている林さんですが、“武蔵野 ならでは”のものはありますか?

武蔵野だと、スタッフを大体知ってるじゃない?だから気が休まるというか、安心して撮れる。あとは、他のホールだと時間がシビアで「はい終わり!」と時間を切られることもあるけど、ここは割と きちんと写真を撮る時間を確保してくれますよね。

他には、パイプオルガンってそれまでそんなに撮ったことはなかったんだけど、ここはたくさんやってるでしょう。なのでとても勉強になりましたね。普通、オルガン演奏の写真を撮ろうと思うと後ろ 姿になっちゃうんだけど、ここだとオルガンのそばで横からも撮らせて貰えるから。あと「両手両足をこんなに使うんだ!」という驚きも。オルガンコンクールも、2回くらい撮らせてもらいました。コンクールって審査委員も世界的なオルガニストが集まるでしょう。世界からオルガニストがこんなに集中して来るイベントもないので、写真を一気に撮れたのはよかったですね。

それと、ここって音楽系だけでなく、バレエやオペラ、演劇系もやるじゃないですか。それって珍しい気もして。ジャンル関係なく、いろんな写真を撮らせてもらったのはありがたかったです。

――市民文化会館の展示室で、写真展も2回開催していますね。

最初は開館20周年の写真展で、点数は100点ほど。コンサートに来たお客さんも、公演の前後に写真展を見てくださって嬉しかった。2回目は、2017年の市民文化会館リニューアルオープンの時。あれは大変だった!展示室の入口のところにパソコンとプリンタを置いて、毎日毎日、閉館時間まで一日中印刷して。

――撮影した写真の中で、お気に入りのものは?

いや、自分では選べないですよね、みんないいからね(笑)。写真展で人気があったのは(ピアニストの)ユジャ・ワンの写真で、フォトセッションが終わった後、「もういいですよ」と言った後のほぐれたオフショット。あれは、皆さん「見たことのない表情だ」と言ってましたね。

――音楽家を撮影する上で、大切にしていることはありますか?

「自分の思い込みを持たない。その人を素直にそのまま撮る」こと。こちらで「こういうポーズをとってください」と言うと僕の写真になっちゃって、その人の本当の姿じゃなくなる。それだと面白く ないから。カメラを意識せずに夢中で演奏している姿に、その人らしさが出るんです。本当は被写体から見て、透明人間になりたい。そうするとちょっとした視線とか表情を、相手に気づかれずに撮れるから。蚊とかになって、ブ~ンって周りを飛んで撮りたいですね(笑)。

――武蔵野文化事業団へメッセージをお願いします。

「中央線沿線で、近くにこんな良いホールが出来たんだから」と撮らせてもらうようになって、20年前からはレギュラーで公演に入らせて貰うようになって。クラシックだけでなくジャンル問わず、自 分では選ばず、事業団が主催するものはできる限り全部記録するような気持ちでいた。結果、いい仕事ができたような気がします(笑)。でも、僕が頻繁に来る前にここに来た大物などは、撮りこぼしも あって。(ピアニストの)マルタ・アルゲリッチは後で「若手時代に武蔵野に来てたんだ!」と知ったので、是非またいつか、晩年のアルゲリッチを呼んで撮らせてください(笑)。

 

林 喜代種(はやし・きよたね)
写真家。フォークやロックのカメラマンとしてスタートし、1974年代より現在までクラシック音楽を中心に撮影。1980年の第1回より草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティバルの記録写真を撮影している。2019年、第29回日本製鉄音楽賞特別賞受賞。(公社)日本写真家協会会員。