藤原 真理(チェロ奏者)

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ページ番号1003310  更新日 2022年4月25日

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写真:藤原真理

毎年進化する、「誕生日にバッハを」シリーズ。
「武蔵野のお客さんは、最初から温かかった」

 

――今日は1997年の山洞智さんとのコンサートのチラシをお持ちしました。これが武蔵野に出演していただいた最初で、これがきっかけで(99年から始まり、今年23回を数えた)「誕生日にバッハを」公演シリーズが生まれたのですね?

よく残ってるものですね!そう、この時私が「ここで毎年弾けないかしら」とぽろっと言ったのを、当時の事業団の担当の方が「では藤原さんの誕生日に毎年」と実現してくださったんです。私、(武蔵野市民文化会館)小ホールの響きに感心しちゃって。武蔵野の街の雰囲気も好きだったので。

――それはそのコンサートの時、藤原さんからご提案を?

本当にこのチラシの文言(「このホールでバッハを弾きたい。都 心ではできないくらいチケット料金を下げて、沢山の人に来てほ しい」)のとおりです。思ったことはすぐ言ってしまうんです(笑)。コ ンサートのチケットって単価が高いでしょう。家族何人かでとなる ともっと高くなるし、低価格がいいなと。あと無伴奏にしたのは、 ピアノ伴奏がない分、休まずにずっと弾き続けなければいけない から。あと音の響きの返りなど、いろいろな条件を考えないといけ なくて、奏者には負荷がかかるんですよね。そういうのを、ここのホ ールは好きなように試せる場だな、と直感的に思ったんです。そし て定期的に『今回はここがうまくいかなかったから次は直そう』な ど、1年かけて改善していけるじゃないですか。この良いホールの 響きの中で、お客さまには気軽に聴いてもらって、私は毎回演奏を 改善できる、と。その時はそこまで言わなかったですけど(笑)。

――シリーズを始めた23年前と今で、お客さまの反応などに変化はありましたか?

武蔵野の場合、最初からお客さまは熱心で温かかったですね。もう出来上がっていたというか。昔に比べると、コンサートが身近になってきたことで、全国的にお客さまと交流できるようになったなと感じることが増えましたけど、武蔵野に関しては、それが最初からできてた。バッハの無伴奏全6曲って、派手な曲ではないし、長くて聴く方も大変だと思うんですけど。アルテ友の会を中心にお客さまが育って定着しているので、最初からスッと違和感なく入っていけたと感じました。

――では、この23年間で藤原さんの中で変化したことはありま すか?

やはり年齢による変化ですね。トレーナーについてストレッチを工夫したり、働きかけてはいるんですけど、どうしても練習できる良い状態は作りにくくなっていくし、その先にはいつ現役引退しようか、みたいなことも頭にはあります。まぁ少しでも改善できるうちは、と思って、めげないで毎年やってるんですけど(笑)。おかげさまで、武蔵野のホールの響きや反射の具合はだいぶわかっているので、それが物差しになって、「ここまでは力を抜けるな」「ここはこうしよう」などのアプローチができるようになりました。貴重な物差しですね。そういう意味で、若い頃よりホールの大切さ、良さがもっと分かるようになりましたね。

――この公演は、藤原さんにとって、やはり1年の始まりのような位置づけなのでしょうか?

毎年この公演が終わるとホッとして。これが終わるとようやく新しい1年が始まるっていう、サイクルのひとつの完結でありスタートですね。公演の後も、改善したいポイントなどはほぼ10か月間、他の曲の練習と並行してイメージを探したり、練習するようにしています。また、最近は(本番が1月なので)、なるべく12月後半には他の演奏会を入れないようにしています。毎日2公演分の練習をするのは大変なので。と言いつつ、前に他県で演奏会を入れてしまった時は、12月後半にその演奏会を終えて、その足で札幌でスキーをして頭の疲れを取って(笑)、帰った翌日からバッハだけを3週間必死に練習しました。

――毎年されていても、3週間以上も集中的に練習をされるのですね?

そう、大変なんですよ!わざわざお客さまに聴きに来ていただくでしょう?やっぱり満足感を持っていただきたいし、それに、同じように弾こうと思っていても弾けなくなるんです。長年やっていると、 同じ方向性で弾いても、音符を見た時の感じ方の度合いが変わるし、深くなっていくんですね。あとは、余計な力を使わないで弾けるようにしつつ、曲のエッセンスは薄めずに表現できるよう、心がけています。デビューして何年かは若さでバリバリ弾きまくっていればよかったけれど、ある年代になってきたら、少しずつ調整して弾き方を変えていかないと、と。

写真:藤原真理

――「誕生日にバッハを」公演以外でも、CD録音(「バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲」/2014年)で市民文化会館の小ホールを使ってくださっていますね。しかも2年、8回に渡って録音をされたと。

録音するなら、ここでしか考えられなかった。この武蔵野でのシリーズの体験があるからこそ、チャレンジできたことです。弾いた音がどのように響いて減衰していくかということが、テンポや演奏の組み立てに影響するので、よりよく知っている場所でないと、と。

――コロナ禍の2020年には、無観客でのコンサート生配信にご協力いただきました。あの時は事業団としても初めての試みで、手探りでしたが……。

私も配信は初めてでしたが、これも録音するスタッフ、事務局、そしてホール自体への信頼があるので、武蔵野なら大丈夫だろうと。あとお客さまがいない状態というのもそんなに違和感はなくて。それよりも、あの響きのなかでどのように自分の音楽、作曲家が目指す音楽を表現して、定めた目標に向かってチャレンジするか、ということに集中しました。あとはスタートすればいつもの演奏会と同じだから。配信だからと意識したことは、全くありませんでしたね。

――藤原さんはアルテ友の会の会員で、お客さまとしても武蔵野 に来てくださってますね。観客としての視点も含め、武蔵野文化事 業団へのご感想などお聞かせください。

やっぱりユニークな切り口の演奏会が多いですよね。また、一人の作曲家の全曲演奏会がある一方で、家族で楽しめる公演があるなど、間口もいい意味で広がってきているみたいで。いろいろな層や年代のお客さまが来てくださることは、素晴らしいなと思います。まだ1回だけですが、オルガンコンクールにも伺いました。また久しぶりに、公演を聴きにいけたらと思っています。事業団については、純然たるクラシックと、大衆的なものとでバランスや舵取りは難しいと思いますけど、中期的、長期的な目線で柔軟性を持って、あまりきちきちに考えないのがいいと思いますね。「こうあるべき」と理想を持つことも必要だけど、それに走りすぎず、地に足をつけてやっていければいいんじゃないかなって、そう思います。



藤原真理(ふじわら・まり)
大阪府生まれ。78年、チャイコフスキー国際コンク ールにおいて第2位を受賞。以後名実ともに日本を代表するチェリストとして国内外で活躍。2012年には世界的名手ジャン=ジャック・カントロフらと結成している<モー ツァルト・トリオ>の日本ツアーを全国で実施し、好評を博した。ソナタ集、室内楽など多数CDをリリース。近年は、NHK番組等、テレビ出演も多数。